元日に祖父が死んで、救急車やら警察やらのお世話になった話。

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わたしについて

2019年、平成最後の年の1月1日に、祖父が心疾患で亡くなりました。

身内を亡くした経験はありますが、「ずっと入院してその後亡くなる」というものだったので、こんな急に人が亡くなるなんて、と思いました。

今回は私が経験したこと、感じたことを書いていきます。(分かりやすくするために多少内容を修正してます。また時間も正確ではありません。)

祖父母について

祖父母は共に80代で2人暮らしでした。

祖母が前々から体調が悪く、祖父は長年の糖尿病と最近認知症の症状がありました。

母は祖父母の家に月1,2回、叔母は週1回行き、様子を見たり身の回りの世話をしていました。

祖父の体調が悪い

亡くなる3日前の12月29日、叔母が祖父母の家に行きました。

その時に祖父の顔色がすごく悪かったそうです。

叔母曰く「死にそうな顔をしてた」とのこと。

顔色が悪い中、祖父は大掃除をしていたそうです。

祖父が亡くなるまで

そして1月1日、祖父が亡くなります。

明け方4,5時ごろ

祖父が「痛い」「しんどい」と言って起床。

祖母が体をさすったり、声かけをしていましたが、祖父は痛みから怒り狂います(笑)

そのため祖母もこれ以上怒らせないように、声をかけずに放っておきました。

10時半ごろ

私や親たちが祖父母の家へ向かおうと、電話をしました。

その時に祖母から祖父の体調が悪く寝込んでいると聞き、「救急車を呼んだ方が良いのでは?」と伝えました。

しかし祖母が「いつも少し体調が悪いだけで大げさに言うから、今回も大丈夫だろう。」と言い、この時救急車は呼びませんでした。

11時半ごろ

私たちが到着。父が祖父を見たら、意識がなく、体が冷たくなっていたそうです。

急いで救急車を呼びました。

11時40分ごろ

救急車と消防車が到着。

祖父が救急車で病院へ運ばれました。父も付き添いで行きました。

11時50分ごろ 警察が到着

自宅での突然死の場合は警察が来るそうです。

今回は、おそらく救急車に乗った時点で既にもう命は…という状態だったので、来たのでしょう。

事件性がないことを調べるために状況を聞かれました。

・祖父の持病、今朝の状況

・救急車を呼んだ時にこの家にいた人たちの関係性

など聞かれたり、お薬手帳などの写真を撮っていました。

14時ごろ

救急車に乗り病院へ行っていた父が帰宅。

処置をしましたが、時すでに遅し、祖父は搬送先の病院で亡くなりました。

父は警察から事情聴取があったので帰るのが遅くなったそうです。

14時半

警察からの事情聴取が終わり、今後の流れの説明を受け、警察の方々が帰りました。

救急車を呼んでから約3時間経っていました。

救急車を呼べば助かる命がある

もっと早く救急車へ電話をすれば

「もし10時半に電話をした時に救急車を呼んでいれば助かったのでは」とも思いました。

しかし、病院で死後硬直の状態などか調べた結果、8時頃に亡くなったそうです。

もしこれが、10時半の時点では生きてたと言われたら、私たち家族は一生後悔していたかもしれません。

救急車が到着する数分で生死が決まる

また、救急車を呼ぶ電話で呼吸や脈がないことを伝えたら「心臓マッサージのやり方を伝えるのでしてください」と言われたそうです。

一般的に「心臓停止後約3分で50%が死亡」「呼吸停止後約10分で50%が死亡」と言われてます。

なので救急車が来るまでの1分1秒は無駄にできないのです。

人はいつ死ぬか分からない

祖父が80代とは言え、本当に急の出来事でした。

もしあと数時間生きていれば、顔色が悪いから病院に行くことを進めてまだ生きていたかもしれません。

今頃言っても「もしも」「タラレバ」なのでどうしようもないけど、そう思いました。

体調のサインを知る

死亡原因でガン以外では、脳疾患、心疾患が多いです。

なのでそれらの症状のサインを知っておくことが必要です。

終活のすすめ

亡くなる前から「祖父が死んだ時のために」など考えるのは気が引けるかもしれません。

しかし、「やり残したことはないか」や「気持ち良く天国に行けるために」のための行動と考えれば、終活は必要です。

まとめ

急な死に直面して、「私もいつ死ぬか分からないと考えて行動しよう」と強く思いました。

親や自分の死をまだまだ先のことだと思いたいし、死というものから逃げたい気持ちもあります。

しかし人は誰しも死を迎えます。だからこそ死は身近にあることを考える必要があると思いました。

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